大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和28年(う)1230号 判決

被告人 大島正蔵

〔抄 録〕

論旨第一点について

所論に鑑み、被告人に果して自動車運転業務上の注意義務懈怠の廉があつたか、どうかについて審究するに、原審における審理の結果によると、所論のとおり被告人が漆畑豊、長橋清春の両名を助手として判示貨物自動車を運転し昭和二十七年八月十二日午後十一時頃から同十四日午後三時頃までの間三日間に亘り吉原市、東京都間を往復し、その間国府津で約三時間、箱根山頂で約二時間の睡眠を停車上でとつたのであり、被告人が判示居眠り運転事故を惹き起したときには全く過労の状態にあつたことを窺い知ることができる。然しながら原判決の挙示する関係各証拠を綜合考覈して仔細に検討すると、被告人は従来としても吉原、東京間を度々貨物自動車を連続的に運転往復しておつて右長途の運転途中睡気を催すこともあり、左様な場合には随時停車して車中で仮睡し疲労の回復をはかつて運転していたこと、本件の貨物運送については別に時間の予定なく特に急がなければならない事由もなかつたのに、被告人初め前記助手二名も前夜来の睡眠不足の為め極度に疲労していたことを自覚しながら徒らに先きを急ぎ何時ものように適当な機会に停車して仮睡をとり疲労回復の方法を講ぜず漫然と居眠りしながら判示経過の下に運転を続け因つて判示事故を惹き起したこと並びに被告人は前年の昭和二十六年中にも本件のような居眠り運転事故の為め吉原簡易裁判所において道路交通取締法違反に問われ罰金千円に処せられた事実を確認することができる。惟うに判示当日被告人が自動車運転者として貨物自動車の運転に当る以上自己の心身の状態に充分留意し殊に前述の如く居眠り運転事故の罪歴もあるのであるから当時自己の心身極度に疲労しておつたことを考慮に入れ、適当な機会に一時停車し仮睡をとつて疲労の回復をはかる等万全の策を講ずべきであつたに拘らずその途に出でず前夜来の過労も顧みず漫然と居眠りしながら判示貨物自動車の運転を継続し、因つて判示経過の下に判示事故を惹き起したのであるから、被告人の自動車運転者としての注意義務の懈怠は、先ず被告人が当時充分に自覚していた心身の疲労を回復するため普通当然となるべき適当な処置をとらなかつたことに端を発し、それが居眠り運転という本質的な業務上の注意義務懈怠の段階にまで発展するに至つたものと謂うべきである。この点については原判決の判示するところ聊か明確を欠いているが、原審における審理の経過と原判決の挙示する関係各証拠とを原判決の判文に照し仔細に検討すると、原判決の趣旨とするところも、右前段の説示と同一見地に立つて被告人の運転業務上の注意義務懈怠の責任を追及していることを窺い知ることができる。所論は独自の見解に基いて原判決の事実認定を非難するものであるから妥当ではない。これを要するに、原判決の挙示する関係各証拠を綜合考覈すれば原判示事実は充分に肯認するに足り、当審における事実取調の結果によるも右原判決の事実認定の妥当なることが首肯される。その他記録を精査するも原判決には何等判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認の疑はないから論旨は理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!